どうぶつブログ

(ヒト ∈ 動物)について、いろんなこと書いてます。

「おさわり」したい。心を通わせたい。動物とヒトのあいだの距離感

f:id:hsakuragi:20180510000534j:plain

Photo by Andy Tootell on Unsplash

 

「野生チンパンジーを間近で観察している」という話をすると、たまに聞かれることがあります。

それは、「触ったりとかするの?」ということ。

内心ギョッとしつつ、「それは~、、ダメですね~、、」などと答えるわけですが…

(そもそも触らせてくれないと思いますが)

 

聞いている人はとても素朴に聞いていますし、こちらとしてもなるべくシンプルに「なぜダメなのか」を説明したいのですが、

普段「動物に必要以上に近づかない」のは当たり前と思ってやっているので、とっさに説明が出てこなかったりする。。

病気の感染の防止とか、チンパンジーの行動パターンを変えてしまうことの防止とか、直接的な理由はいろいろあるわけですが。

 

でも、そもそも野生動物に「触る」のって、よっぽどのことじゃないですか。

だって、もし自分が森で暮らす動物だとして、なぜか普段ヒトという生き物に観察されてるとして、いくらよく見る顔だからって、ある日そいつらが近づいてきて触ろうとしてきたら、「!!??」ってなるし、めっちゃ嫌じゃないですか。。

 

まあ、「マハレのチンパンジーはヒトに慣れてるから、逃げたりしないよ(ほとんどの奴は)」と私は人に話すわけで、「それなら、ちょっとくらい…」と思われるのかもしれない。

あるいは、1960~70年代のジェーン・グドールダイアン・フォッシーがチンパンジーやゴリラと触れ合っていた写真や映像を思い浮かべられるのかもしれない。(牧歌的な時代であった。)

(チンパンジー研究のパイオニア、ジェーン・グドール)

Jane Goodall - National Geographic Society

(ゴリラ研究のパイオニア、ダイアン・フォッシー)

The Renegade Scientist Who Taught Us to Love Gorillas

 

でも、そう考えると…

類人猿以外の場合、研究対象の動物を抱えて笑顔で写真に写っている野生動物研究者というのは、今でも結構いるよな…!

ということに、私は(いまさら)気づいた。

 

行動観察だけやってる場合は触る機会はないけど、動物に発信器をつけるとか計測するとかで、一時的に捕獲することになる場合ってのがあるわけですよね。

そういうときについつい、テンション上がって動物と一緒に自撮りとかして、SNSにアップして…とか(想像)。

それを見た人が、「動物を研究するってのは、動物をペタペタ触れるってことなんだ」って思ってしまう、とか。

動物園のおさわりコーナー…失礼、ふれあい動物園と似たような感覚で見られてしまってるのかも?

ああ、よくない、これは、よくないぞ。(ふれあい動物園もね。)

(サンクチュアリで人に育てられてる赤ちゃんとかは、ケアテイカーと触れ合いまくってるかもしれませんが、あれはあくまで孤児になって保護されて、なおかつ母親的存在とのスキンシップが重要だと考えられてるからですよ…!)

(私は捕獲にも抵抗があります。どんなストレスを与えるかわからないし…。現状、捕獲しないとできない調査というのはあると思いますが(調査の必要性はもちろん問われるべきですが)、徐々に減っていってるとは思いますが…)

 

動物は動物で、それぞれの世界でそれぞれの人生を生きています。

彼らの世界が我々の世界と重なることもありますが、基本、迷惑でしかないんです、ヒトは。

たまに、好奇心いっぱいなアザラシだのオットセイだのがめっちゃ寄ってくる動画とかがありますが、ああいうのはすごい例外なわけで。

 

…いえ、わかるんですよ、本当は、気持ちは。白状しますよ。

 

私も「かわいい~~❤」って言って、動物にベタベタ触りたいんです!

チンパンジーと仲良くなって、一緒に毛づくろいとかしたいんです!!

 

でも、アカン。それは、アカン。

 

「ジェーン・グドールは毛づくろいしてたじゃん」って?

うん。60年代だったらきっと、私も試みてた。(できるようになってたかはわからないが。)

 

最近よく、おさわり動物園、違う、ふれあい動物園について考える機会があって、小動物を無邪気で残酷な子どもによるおさわりのための生贄として供するのって本当どうなのかしら、って思ってたわけですが、

それとジェーン・グドールやダイアン・フォッシーがやってたことはもちろん、まったく違うのですよ。念のため。

彼女たちは、たとえ何年かかっても、山奥でたった一人ででも、本気でチンパンジーやゴリラとわかりあいたい、と思っていた人たちです。

彼らと対等な存在として仲間になりたかったのね(たぶん)。

「上から」な身勝手さは、そこにはないの(たぶん)。

そしてあくまで、とてつもない時間をかけ、工夫をして、向こうが心を許してくれた、向こうが接触してきてくれたから、歴史に残るような「ふれあい」写真や映像が撮れたのです。

その後の彼女たちが、人生をかけて彼らのために闘った(ている)ことは、ご存じの方はご存知のとおり。

 

彼女たちの野生動物との接触が、おさわり動物園(もはや言い直さない)とはまったく違う、ということを確認したうえでなお、言わなければならないのは、

「あの頃、ごくわずかな人間が、とても個人的な体験としてそれをやる分にはまだ、問題は少なかったかもしれないけど、今の時代にはやはり無理だよね」ということ。

 

野生類人猿のそばまで行く観光客や研究者の数は、当時とは比べ物になりません。

彼らの世界とヒトの世界との距離感がすでに、変わってしまっているのです。

つまり、近くなってしまっている。

そういう中で、安易に「もっと近寄りたい、触りたい」なんて思う人を増やしてしまったら…。

早晩、目も当てられないような悲惨な事故(事件)が起きるんではないか。。

(最初のほうにちらっと書きましたが、ヒトと類人猿は共通の感染症にかかるので、彼らに病気をうつさないようにする、というのもすごく大事です。過去には、ポリオやインフルエンザ様の病気が広まってチンパンジーが大量死した事例があります。マハレの「7mルール」は、こうしたことから導入されました。)

 

そもそも、野生動物とヒトとの(物理的な)距離が近い場所では、日本だろうとアフリカだろうとインドだろうと、ヒトと動物との衝突(human-animal conflict)が絶えません。

畑を荒らしたりヒトを襲ったりした動物が、報復のために殺されたりする。

慣れすぎた動物、ヒトを怖がらない動物が、ヒトの生活圏に入ってくるようになってしまってからでは遅いのです。(少なくとも、問題に対処しようと思うとむっちゃくちゃ大変です。)

 

あと、餌付けがヤバイってのはニホンザルとかの例でも皆さん、わかりますよね…。

「あいつらうまいもん持ってる」と知ってしまったからこそ、サルが人家や車に入ってしまったりするのですよね…。

それに、(サルが)増えすぎたりもするしね…。

 

距離は大事。めっちゃ大事。

ほぼ思い付きで書いてきて、あんまりまとまりがないですが、結論はそういうことです。

 

距離を空けるしかないなんて、なんとなくさみしいかもしれないですけどね。

純粋に、動物と心を通じ合わせたい、と思っている人にとってはね。

 

でも、たとえば類人猿であれば、野生であれ飼育下であれ、これまでの多くの研究や飼育例を通して、私たちは彼らと心で交流することができる、ということが、十分にわかったと言えるのではないか。

そんな素敵な思い出(?)を胸に、「好き好き好き好き好き!」という「かまってちゃん」な態度はそろそろ卒業して、オトナな態度を身につけたいものです。

 

愛があるなら、距離を。

 

以上!

 

--

国内&海外ホテル予約『トリバゴ』

--