どうぶつブログ

(ヒト ∈ 動物)について、いろんなこと書いてます。

アラサー女子研究者Yさんが挑む、「動物園は必要か?」と問われる時代の動物園

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Photo by Guido Jansen on Unsplash (京都市動物園ではありません)


 

昨日、ツイッターでこんなことをつぶやきました。

 

 

昨日は、その実行委員会の第一回ミーティングがあったのです。

京都からアニマルフレンドリー(動物を大切に・動物に優しく)を発信していく契機にしたいなあ…!

と、ミーティングを切り回すYさん(実働部隊の隊長)を見ながら思ったのでした。

 

Yさんは、日本では数少ない動物福祉の若手研究者です。

(動物福祉とは、環境エンリッチメントを含め、飼育されている動物が受けるストレス等を減らし、より幸せに暮らしてもらえるようにすることです。)

もう、彼女が仕切るしかないでしょ、と思います。

 

このYさん、明るくてひょうひょうとしてかわいい人なんですが(もちろん優秀)、なかなか攻めの姿勢が素晴らしいんですよ。

昨年から、京都市動物園所属の研究者、という立場で仕事をされてるのですが、彼女が動物園で初めて企画した一般向けイベントのタイトルが

「Do we need zoos?: challenges of zoos in future (動物園のこれからの課題)」

というものだったんです。

ええ、日本語タイトルは無難ですけど、英語タイトルを見てください。

「Do we need zoos? = 動物園は必要か?」です。

動物園の人が、「そもそも動物園って必要?考えてみよう!」っていう趣旨のワークショップを開いたんですよ。

攻めてるでしょ!

 

ワークショップでは初めに、いろんな立場の方がこれからの時代の動物園について(動物園そのものの是非を含めて)語る、イギリスのドキュメンタリー番組を見ました。(世界の最新動物園すごかった、、)

その後、2グループに分かれて議論。通訳の方もお呼びして、日本人・外国人混じって議論を交わしました。

そもそも「必要だ・必要でない」というような白か黒かの結論を目指したものではありませんでしたし、参加者の間でまとまった結論が出たわけでもありません。

それでよいわけです。

このテーマで日本の動物園で議論をしたこと自体が、とても画期的なことだったと思うんです。

「動物たちにとって何が本当に『よい』ことなのか、考えよう」という、世界的な大きな大きな流れの中の、何か純度の高い一滴だったように思えるんです。

 

ひとつ、改めてわかったのは、「言葉の問題以前に、日本人は意見を持つことそのものが苦手だ」ということでした。

発言するのも苦手かもしれないんですが、「どう思うって言われてもなあ…」という感じで、考え自体があんまり思い浮かばない感じかな?

「とりあえず無難なところに落ち着かせよう」っていう風になってしまう。

みんな、好きに言い合ったらよいんですけどね。

でも日本で「好きに言い合う」と、ケンカみたいに感じられてしまうのかしら…。

 

まあ、「動物園は必要か」っていうテーマ自体が、多少なりとも興味を持って来てくれた人たちにとってすら、あまり身近ではなかったというのもあるかもしれません。

 

でも、時代はどんどん変わっていくと思います。

今でも「動物園の役割」として、「種の保存・教育・研究」などがうたわれてはいます。

でも、なんだかんだで日本の動物園は、何よりもまず「娯楽施設」です。

 

でももうそろそろ、

「『そもそも動物園はあるべきか』と問われる中での、動物園の存在意義とは?」

ということが、本気で問われていく時代なんですね。

これは、私にとってはワクワクすることです。

だって、より多くの人が、本気で動物の幸せを考えることになるんだもの!

うれしいに決まってます。

 

そんな動きをリードしてゆくのが、たぶんYさんなのであります。

ふふ…これからも間近で観察し続けるよ…。

 

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